2015年4月4日土曜日

現代都市政策研究会2015年4月例会

まち歩き「柴又・帝釈天~寅さんを生んだ下町情緒あふれる街を歩く~」
 
葛飾区観光協会のWEBを開くと、「まるでハイカラさんが闊歩するような参道。そこかしこに昔ながらの雰囲気をたたえる街・柴又。ここは信仰に、商いに、少し気をつけていないと見過ごしてしまう美に溢れている。映画「男はつらいよ」で誰もが知る街だからこそ、新しい視点で歩こう」と柴又が紹介されています。4月都市研例会では、この柴又・帝釈天のまち歩きを企画しました。
当日は、ボランティアの「かつしか語り隊」の方に、柴又八幡神社、帝釈天参道(商店街)、帝釈天境内、山本亭を案内して頂いた後、映画「男はつらいよ」の映画のセットにも使われた団子屋『高木屋老舗』で昼食をとり、その後『寅さん記念館』等に立ち寄る予定でいます。
春のひと時、大正ロマンの風情のある街にタイムスリップし、楽しいまち歩きをしましょう。是非、ご参加下さい。(文責 室地隆彦)
 
 
.日時・集合場所  4月19日()午前10時~午後2時頃まで 京成線柴又駅前・午前10時集合(雨天決行)
.行程概要
柴又八幡神社、帝釈天参道(商店街)、帝釈天境内、山本亭を案内して頂いた後、団子屋『高木屋老舗』で昼食(おでん、茶飯、草団子のセット)。その後『寅さん記念館』等に立ち寄る予定です。
.参加費用
ボランティアの謝礼と昼食代、施設入場料を含め、全行程で、,380円を予定しています。
.参加申し込み
なお、当日の昼食会場『高木屋老舗』の予約の関係から、参加希望の方は、4月16日()までに下記の室地宛てメールに申し込みをして下さい。
 
室地隆彦メールアドレス murochi-t@nifty.com

運営委員会のお知らせ

運営委員の方は、下記の日時に運営委員会を開催いたしますのでよろしくお願い致します。(運営委員以外の参加も歓迎いたします)
(1)日時 4月5日()午後1時30分から午後3時まで
(2)場所 三鷹駅前コミュニティーセンター4階中会議室(2)
(3)議題 
1)例会企画について
2)市研2015年合宿について
3)都市研総会等について
4)都市研ブログの管理について
5)その他

都市研総会&例会の予定

(1)日時 6月7日()午後1時から午後4時30分
(2)場所 三鷹駅前コミュニティーセンター(予定)
(3)総会
1)時間 午後1時から
2)議案 2014年度事業報告・決算、2015年度事業計画・予算案等
(4)例会
1)時間 午後2時から午後4時30分
2)テーマ・講師 (仮題)「民間美術館館長が語る自治体文化振興施策のこれまでとこれから」 講師・若林覚氏(練馬区立美術館館長)
3)講師紹介
若林さんはサントリーの宣伝部出身で、サントリー美術館副館長・支配人などを経て、民間美術館長として2010年から練馬区美術館の館長を務めています。朝日新聞2015年2月25日付の記事でも若林さんの活躍が大きく紹介されています。
サントリー時代は、有名なテレビコマーシャルを手掛け、また作家の開高健等とも親交がありました。なかなか自治体職員では持ちえない経験やキャラクターの持ち主です。

2015年2月例会感想

子ども達に託されたカンボジアの将来
T.M.
 
2月例会では、前半、村田さんから武蔵野市国際交流協会(MIA)が取り組んでいる「地域の国際交流と多文化共生の取り組み」を、そして後半はカンボジアからの留学生のウン・テワンダさんから「カンボジアの現在・過去・未来の発展問題」について話を伺いました。
 
.「地域の国際交流と多文化共生の取り組み」
まず、村田さんからは、日本には在外外国人・留学生・ビジネス/仕事で来ている人・観光/旅行者など様々な外国人がいること。そして武蔵野市でも、地域で外国人が英語教室を行っていたり、料理では、ネパール人がインド料理店を開店しているなど地域に外国人が溶け込んでいること。武蔵野市では、66か国、2,277人が暮らしており、比較的先進国の人が多いのが特徴であること。
日本語の学習支援も単に日本語を教えるだけではなく、スーパーのチラシを読んで一緒に買い物に行くことや、市内にも大学が多いことからMIAが大学へ出向き説明会を行い、留学生が地域の人と交流するなどのプログラムをつくっているとの話がありました。
ウン・テワンダさんもそのプログラムの一環でMIAと係わるようになったとのことでした。
 
.「カンボジアの現在・過去・未来の発展問題」
ウン・テワンダさんは28歳。これまでプノンペン大学で日本語の教授をしており、日本語のみではなくさらに様々なことを学びたいと日本に留学をされたとのこと。2年の留学(今年が1年目)期間を過ぎたら何年か日本の企業に勤めた後、プノンペン大学へ戻ろうとも考えているとのことでした。
(1)カンボジアの過去
ウン・テワンダさんからは、カンボジアの名前の由来(日本にカボチャをカンボジアから持ち込んだことから名づけられたこと)、カンボジアの季節(雨季(5月~10月)、乾期(11月~4月))、産業(8割が農業)、神様(ネックター)、国旗(アンコールワットをデザイン)、挨拶(お坊さんから同僚等など5種類の挨拶方法があること)や簡単な言葉の紹介がありました。首都は現在プノンペンですが、過去、都はチャンラーアンコール(11世紀~13世紀)→チャットモック(14世紀~16世紀)(現在のプノンペン)→ウドン(16世紀~18世紀)→チャットモック(現在のプノンペン)と移ったとのこと。1863年~1953年まではフランスの植民地。1975年~1979年はポル・ポト時代。人々が都市から農村へ強制的に移住させられ、200万人が死亡したこと。1993年に新生カンボジアの国民投票が行われたことの話がありました。
(2)カンボジアの現在と将来
2015年、プノンペンの人口は150万人。高額所得者が通うイオンや高層ビルが建ち並んでいるとのことでした。プノンペンが現在抱える問題は、(1)池や川が埋め立てられていること(2)インフラがまだ整備されていないこと(3)通渋滞が発生していること(4)交通ルールを守らないこと(5)物価が高いが給料が安いことなどを挙げていました。
このような状況で、将来、プノンペンはどのように変わるべきかについてウン・テワンダさんは、高層ビルが建ち並ぶことは地価が高くなることでもあり、先進国になる必要はなく、まちの個性を守り、価値ある建物を残していきたいと話されていました。
 
.子ども達に託されたカンボジアの将来
私も1990年代にカンボジアを訪ねたことがあります。当時は、ポル・ポト派が密林の奥地に逃れ、まだ完全に戦闘が終わっていない時期でした。アンコールワットへはバスの前後に軍隊のジープの護衛があり、アンコールワット遺跡の要所にまだバズーカ砲がおいてありました。当時、小学校を訪ねたとき、ガイドが「カンボジアの将来はこの子達が担うんだ!!」との話に、今回、留学生のウン・テワンダさんの姿が二重に映り、何とも言えない気持ちでした。